石垣空港のターミナルはごった返している。
荷物を受け取り、ここで今日からお世話になる西小浜さん(仮名)が待っているだろうと
思ったのだが…。
西小浜さんは来ていない。携帯に電話をしたら「ごめんごめん、忘れてた(呆)」とのことで
しばらくロビーのベンチで待つはめとなった。
三連休だから混雑は仕方ない。
無料パンフレットを物色しひまを潰していたら、
西小浜さんからの着信があって「今着いたよ。パジェロミニを探しなさい」とのことで
ロータリーを見渡したら、お目当てのミニがあった。
「やあやあ良く来たね。まあ乗りなさい」
「西小浜さん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
車は市街地を走っていく。(空港周辺も市街地だが)
「あれ? モネは迎えに来なかったんですね。薄情だな」
「モネ君? モネ君はまだ石垣に来ていないよ」
「えっ、西小浜さんの民宿に居候しているんじゃなかったんですか?」
「彼なら東京で働いているさー! 明日がコンクールの発表会でしょ? 明日来るそうだよ」
そうか、ぜんぜん知らなかったなあ…。
3年ぶりに見る石垣の風景だ。さとうきび畑もあちらこちら見えるねえ。
「この運動公園は立派でしょ? 来年からはロッテがここでキャンプをするサー!」
「今年までは鹿児島だったんですけどね。大嶺効果ですかね」
ロッテが来年から石垣島に一軍キャンプの地を移したことはみなさん御存知だろう。
これは、キャンプ施設の充実を要望する球団相手に、鹿児島市が財政難から拒否をしたこともあり、
また甲子園で活躍した大嶺選手の入団もプラスに働いたのだろう。
鹿児島での論調は、財政難だから仕方ないというものが多いが、隣県の宮崎は
ジャイアンツ・ソフトバンクをはじめとして多くの球団がキャンプを張り、その観光効果も
絶大なものがあるという。長い目で見れば、鹿児島にとってロッテの撤退は損だと思うのだが…。
西小浜さんの民宿に着いた。壁を塗り替えているようで、足場やビニールが散乱している。
「ごちゃごちゃしてすまんね。これ自分で全部ペンキ使って塗りなおしてるのさ。見積もりとったら300万も
したからね。年金暮らしの私じゃいくらなんでも高すぎるさー!」
西小浜さんの家自体、民宿も兼ねられるくらい大きいのもあるが、300万は高いねえ。
「ポンコツ君、まあロビーでコーヒーでも飲もう。三線も持ってきたんだね。君は何をやってるのかね?」
「モネ君の影響で宮古(民謡)をやってます」
「そうか、八重山(民謡)やりなよ。モネ君も努力して今回は優秀賞パスしたしね」
と言いながら西小浜さんは、三線を取り出し歌い始めた。
「鷲ぬ鳥節」「千鳥節」「でんさ節」と3曲一気に歌った。
石垣に来たんだ…、その思いが強まってくる。
3年前と違うのは、自分が三線や民謡にすごく興味を持っているってことかな?
「ポンコツ君も何か歌いなさい」
「はい、こんなうまいのを聞くとやりたくなくなるなあ」
「豊年の歌」を歌った。西小浜さんが驚いた顔になっている。
早弾きをやったせいもあるだろう。
「サーサー!」って囃子も入れてくれた。
「ポンコツ君、どうしちゃたの? なかなかやるじゃない。誰? 先生は」
「多良間の渡嘉敷(仮名)先生ですが」
「そうか、もう1曲歌いなさい」
「なりやまあやぐ」を歌った。
西小浜さんは、「僕のやり方とやや違うねえ」と言った。
「そうですね、流派によって奏法も工工四も違うようですよ」
西小浜さんは、顔を潰されたと思ったのか、急に不機嫌になって「そのやり方は違う!」と言った。
僕は、怒らせるわけにもいかないので「多良間の師匠からはこう教わったんです」と穏やかに言った。
「多良間しゅんかに」を黙って僕は歌った。西小浜さんは、「思ったよりうまいな」とつぶやいて
ロビーを去っていった。「部屋は一番奥だよ。鍵も付いている。朝ごはんは一緒に食べような」
と別の部屋から声がした。
なんか、悪いことしたかな? って思ってしまった。