「師匠、お疲れ様です。今多良間に着きました」
「今日鹿児島から来たのかね?」
「いえ、昨日宮古島に泊まってました」
「今ビデオを片付けるから待っていなさい」
学習発表会は全部終わったみたいで、閉会の挨拶の途中だったようだが、
師匠がビデオを片付けている。
どうやら、まりかちゃんのお遊戯は見られなかったようだ。
「ポンコツ君、三脚は職場に返すから一緒に付いてきなさい」
小学校の校庭を出て、ほんの数十歩歩けば職場である。
多良間島は、役場を基点に行政施設も商店も医療も集中しているので
どこへ行くにもさほど距離を必要としないね。
「師匠、多良間は寒いですね? 昨日の宮古はすごく暖かかったのですが…」
「そうだね、今日は寒いかな。で、ポンコツ君。横浜は寒いかね?」
(はっ? 横浜ってどういうことだよ。いつ横浜なんて言ったかな…)
師匠の早速のボケに思わず、笑撃を覚えるしかない(笑)。
師匠は公民館(ここで働いている)の鍵を開け、建物に入った。
事務室に三脚をしまいに来たのだ。
「ポンコツ君、部屋に入りなさい」
「職場ですけど良いのですか?」
「今日は休みだ。構わない。まあ、座りなさい」
師匠は自分を座らせて、一本のMDを見せてくれた。
『渡嘉敷の歌』とインデックスには書いてある。
「このMD、師匠が歌っているのですか?」
「そうだよ。ポンコツ君、モネ君から話は聞いているだろうけど、僕は昔演歌歌手だったんだよ。今は民謡だけど、今でも演歌の歌い方を忘れたくないわけさ。演歌と民謡とは全然歌い方が違うからね。だからこのMDをたまに聞いては練習している」
「ぜひ聞かせてください」
師匠はラジMDに、MDをセットしようとしているが、なかなか装填ができないようだ。
僕はその光景を何気なく見ていたが、ふと気づくとなんと! 師匠は向きを間違えて入れようとしている。これじゃ壊れちゃうよ(呆)。
「師匠、その入れ方じゃMD壊れちゃいますよ」
「いままではこれで入ったんだがねえ…」
(そんなわけないだろう。ボケが全開だな(爆))
自分がMDを装填し早速再生する。
でも聞こえてきたのは三線の音…。『なりやまあやぐ』だ。
師匠が歌っている。少女の声も聞こえるが…。
「ああ、ごめん。これはゆまが小学校4年生のときに録音したのかな? 普通なりやまあやぐは“囃子”がないでしょう。でもそれじゃゆまとふたりで歌うときにさみしいから、僕が囃子を考えてゆまに歌わせてるのさ。ゆまちゃん、かわいい声してるでしょう?」
「はい、かわいい声ですね」
今はゆまちゃんも不良少女になっちゃって…とは言えなかった(爆)。
「なりてぃぬ なりやま…」の後にゆまちゃんが「イーサーソーイ サーサー」とかわいい声で囃子を入れている。
「なりやまあやぐ」が終わって、MDは演歌になった。
尾形大作のような甘い声の歌が聞こえる。まるでここは居酒屋のようで思わず「マスター、生一杯!」って言いたくなる気分だ。
師匠と適当に世間話をする。
「今日は天気どうかね? 雨が降らないと良いがね」
ってな感じで。
数曲尾形大作だろうか、演歌がかかっている。
「師匠? これ誰が歌っているんですか?」
「ポンコツ君、私の話さっきから聞いてた? 私が歌ってるんだよ」
「えーっ! これ師匠の声ですか! 全然違うじゃないですか!」
「だから言ったでしょう。これは演歌の歌い方なのさ」
ほんとに三線弾きながら民謡歌う師匠と、演歌を歌う師匠とは全くの別人で、とてもとても信じられなかった。
しかし、島に来てそうそうお互いボケまくったな。
ちなみに、師匠が演歌歌手だったというのは本当の話だが、レコードを出していたわけではない。
昔は良く売られていたが、いわゆる『本人が歌っていないミュージックテープ』で歌う歌手だったそうだ。
今はそういった商品は見られなくなったね。
音源が簡単に手に入る時代だからな…。