野村千代さん、お年は90歳くらいか?
琉球古典が現在隆盛を極めているのは、やはり千代さんの祖先・野村安趙が
琉球王朝の命を受けて策定した工工四によるところが大であろう。
それは現在、有形無形で自分たちも恩恵を受けているのだ。
「みなさん、今日はママさんの、ためになる話を聞かせてあげたくてお呼びしました」
ママが話し出す。「安趙さんは、王様の命を受けて工工四を作ったっていう話が有名ですが、
この人は工工四だけのために王様に召し遣われてたのではなくて、王朝の仕事も
きちんと立派にこなしていたから、王様に重宝されたとのことです。
(中略)安趙さんは、ユーモアもあって、とんちの効いた話が出来る人だったから
王様もさぞかしかわいがったとのことです…」
こんな感じの会話だったかな?
このときは、多少疲れもあって、少し話が上の空だったのよね。
あとから、“いや、これは大変な人に自分は会ったんだな”って思ったけど。
「渡嘉敷さん、今日はゆまちゃんは来ないのですか? ゆまちゃんも今日受けたんでしょう?」
「はい、ちょっと顔を出す気分じゃないとのことで…」
「あら、残念。よろしく言っておいてね」
うん、最高賞は5人しか合格しなかったから、やっぱりゆまはがっかりしたんだろうな。
さすがの民謡の申し子ゆまちゃんも人の子だったんだな。
小学校のころから師匠の稽古を受け、数々の賞を最年少で受賞し
これまでは順風満帆だったゆまちゃんの三線人生。
今日は、あの娘にとって始めての“挫折”なのかもしれないな。
でも、まだ輝く未来が君にはあるのだから、がんばってほしい。
ママさんが話を終えて自室に戻ることとなった。
「みなさんはぜひこの店でゆっくりしていってください。ここは昭和30年代に、まだ宮古島にレストランが
なかったころから創業しています。レストランって言葉も今ほど知られてない時期ですよね。私も主人も
それなりの苦労をしてここまでこぎつけました。ぜひゆっくり飲んで食べて、またいらしてください」
師匠がママさんを自室までエスコートした。
やがて師匠が戻ってきて、ビールを頼んでたようで、ピッチャーに注がれてテーブルに運ばれてきた。
「今日はみなさん、優秀賞新人賞合格おめでとう。多良間からはこの3人が合格ということで私もうれしく
思ってます。審査員の先生に聞いたところ、“多良間組はみんな良く稽古をしている”というお褒めの言葉を
頂きました。ただ、これはあくまでも通過点ですから、さっきの会長の話ではありませんが、間髪入れずに
来年も上級の賞に挑戦していただきたいと思います。では、オトーリ回します」
と言いながら師匠は、グラスにビールを注ぎまず自分で飲んだ。
「池海さん、今日は合格おめでとう。ふたりでフェリーの船内で特訓した成果が出ましたね(笑)。来年は最高賞目指して
また稽古ですよ」
グラスを池海さんに渡した。
池海さんが「師匠の船内での特訓でどうにかこうにか合格出来ました。今日はありがとうございます」とビールを飲み干した。
グラスは師匠に戻り、次に師匠は柿鼻先生にビールを注いで「先生、今日はおめでとうございます。先生には課題曲は優しすぎましたので来年は難しい課題曲で優秀賞をやりましょう。部活動も大変でしょうが今後も多良間に居る間はよろしく」
と口上を述べた。
やがて俺にもグラスが回ってきた。
「ポンコツ君、新人賞合格おめでとう。来年も受験して、モネ君に今の実力を見せ付けてやりなさい。これからもしっかり
稽古をするように」
全員、ビールが回って、再び師匠が口上を述べた。
「私の夢はね、多良間島をね民謡の、三線の島にすることだよ。今年は多良間組は受験者が少なかったけど
来年はもっと受験者を増やしてね。いつの日か、多良間の島は島のあちこちで三線の音色が聞こえてくる島にしたいんだ。
みなさんの協力があってのことだけどね。これからも宮古民謡、三線に親しんでいただきたい」
師匠は再びビールを飲み、グラスを池海さんに渡した。
次は池海さんが親だ。
さっきと同じように、口上を述べ次々ビールを飲み干す。
親はそのあと、柿鼻先生になって、やがて自分も親の番になった。
さすがに、ビールでも何杯も飲んでいたら酔ってきたね。
「今日は、師匠をはじめみなさんのおかげで賞が取れたと思います。先ほどの師匠の話と重複しますが、
来年は優秀賞に挑戦しますので、今後も稽古をしっかりやっていきたいと思います。多良間を三線の島にするという
師匠の夢を、自分なりに応援していきます。そして、そう遠くない将来、きっと沖縄のどこかで暮らすことに
なるだろうと思いますので、その日に向けてやることをしっかりやりたいと思います」
オトーリが終わり、店を出ることとなった。
「ポンコツ君、次は懐メロスナックへ行くぞ! 来るかね?」
「師匠、次はちょっと行きたい店があるので、すみません」
師匠には申し訳なかったが、今回の宮古ツアーでは、ぜひ行ってみたい店があったので
そこを目指すことにした。
まあ、レストランからは近いんだけど。
さあ行くぞ! 目指すは「和おん」だ。