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2006年12月18日

鹿児島にモネが来た…最終回

俺の部屋に戻ったが、別にモネと重なって寝るわけじゃない(笑)
(誰もそんなこと聞いてないか…)
モネは俺の部屋に寝てもらい、自分は母屋に寝るのだ。
(我が家では、私は離れ小屋に普段居るのだ)
モネに「パソコンはこれ、DVDはこうやって観て…」ってな感じで一通り説明をした。
「明日すまんが俺は仕事だから、適当に起きてくれれば良い。熊本までは直行バスバスがないから、鹿児島から空港飛行機まで行って、空港で人吉行きのバスに乗って、人吉まで行けば熊本行きがたくさんあるから」
モネは明日は鹿児島から熊本まで行き、その後は九州を北上しながら埼玉の実家まで戻るそうだ。
「モネ? 多良間の師匠に電話電話してみるべ」
電話をかける。出たのはゆまちゃんだった(嬉)。
「ゆまちゃん? 鹿児島のポンコツだけどわかる?ラブ
「うん、ポンコツ? 来年ゆまが島を離れる前に多良間島に来てねニコニコ
「わかった。必ず行くよ。ラブ今日はね、モネが鹿児島に来てるから」
モネが電話に出た。会話が長い(苦笑)。
どうやらモネのほうが付き合いも長いから話がしやすいようだぐすん
で、また俺が出て「師匠は居る?」
「お父さんは飲みオリオンビール缶に行ってる」
「じゃあ、おっかさんに変わって」
美和子ママ(仮名)が出た。
「ポンコツ君、元気? 私は大変だったのサー! 骨折っちゃって(笑)」
ってな感じでおっかさんは話をしまくる。どうやら俺をお友達と思っているらしい(笑)。
「来年ちゃんと畑を手伝いにくるんだよ」
ってなことを言われて、やっと電話が終わった。
モネも疲れているようだ。でも、船酔いはやっと収まったらしい(呆)。
「明日はモネが起きるころは自分は仕事に行っているだろう。また来年だね」
「うん、今日はゆっくり寝かせてもらう」

翌日、仕事を終えて帰宅すると、一枚の紙切れが机においてあった。
めくるとモネのメッセージが書いてあった。
「ありがとう。良い意味での“不惑”を迎えられるよう、前だけを見て生きていきたいね…。ではまた。モネ」
とのことだった。
そう、草加南高校時代からの付き合いがここまで続いて、来年は不惑なのかあ。
何度も思うが、三線三線と結びつけてくれたモネの存在がなければ、俺の人生はつまらないもので
終わっていただろう。そう考えると、お互い回り道しながらも、沖縄・三線にたどり着けたことに
感謝をしなければならないんだな。
また、来年の狂演目指して、師匠やみやらび交えての楽しいひと時を目指して稽古に励むか。
鹿児島にモネが来た…最終回


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Posted by ポンコツ34@那覇 at 21:08│Comments(0)三線ライフ
 
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