2007年07月08日
この道を行けば、那覇へ宮古へ…12
御嶽の反対側には、漲水石畳の道がある。
首里の金城町の石畳道とは違って、草が生えていて
手入れは正直言ってされていなようだが(苦笑)、でも、
その昔の琉球王朝時代の面影が感じ取れる。
戦争や開発もあって、今はこの部分しか残っていないそうだ。
今もこの道は道路として使用されているようだが、
車は進入できないようになっている。
思ったより傾斜もあるのでチャリンコの使用も控えたほうが良いだろう。

しばし石畳道を眺めながら思いを馳せる。
沈黙の時間を断ち切るように携帯が鳴った。
美和子ママだった。
「ポンコツ君、渡嘉敷の伝言だけど、5時に重信研究所
に集合だってさ。場所わかるの?」
「重信先生の研究所ですよね? 去年買い物してますからわかります」
美和子ママは携帯で自分と話しながら、一方では別の携帯で電話している師匠に「ポンコツ君、場所わかるってよ」
ってな会話をしている。
「じゃあ、5時に行ってね」
5時? もうすぐじゃないか?
あわてて旅館に戻って三線を手に向かった。
旅館からは30秒くらいの近さだ。
研究所に近づくと師匠の姿が見えた。
「あれ? どうしてここに…
」
もう会えないと思っていたゆまちゃん(仮名)の姿があった。
首里の金城町の石畳道とは違って、草が生えていて
手入れは正直言ってされていなようだが(苦笑)、でも、
その昔の琉球王朝時代の面影が感じ取れる。
戦争や開発もあって、今はこの部分しか残っていないそうだ。
今もこの道は道路として使用されているようだが、
車は進入できないようになっている。
思ったより傾斜もあるのでチャリンコの使用も控えたほうが良いだろう。
しばし石畳道を眺めながら思いを馳せる。
沈黙の時間を断ち切るように携帯が鳴った。
美和子ママだった。
「ポンコツ君、渡嘉敷の伝言だけど、5時に重信研究所

「重信先生の研究所ですよね? 去年買い物してますからわかります」
美和子ママは携帯で自分と話しながら、一方では別の携帯で電話している師匠に「ポンコツ君、場所わかるってよ」
ってな会話をしている。
「じゃあ、5時に行ってね」
5時? もうすぐじゃないか?
あわてて旅館に戻って三線を手に向かった。
旅館からは30秒くらいの近さだ。
研究所に近づくと師匠の姿が見えた。
「あれ? どうしてここに…

もう会えないと思っていたゆまちゃん(仮名)の姿があった。
Posted by ポンコツ34@那覇 at 13:49│Comments(0)
│宮古島